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素晴らしい日本人に聞くシリーズ

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第四章『「心のまほろば」を復活させる』
日本人の心を取り戻す「まほろば塾」

藤原: 村上先生は、まほろば塾の塾長でもいらっしゃいますね。「まほろば」と名付けられたお心と、まほろば塾が目指されていることについてお聞かせ頂けますか。

村上管主: まほろば塾は「物で栄えて心で滅びる」ことを憂い「心のまほろば」を説かれた、故高田好胤館長の精神を引き継いで平成16年に開塾しました。「美しい心」と「豊かな文化」をすべての日本人に広く伝えたいと、全国各地で講演会を開催しています。

「まほろば」とは、優れた美しいところを指す言葉です。『古事記』にもヤマトタケルノミコトが詠んだ歌がありますね。


やまとは国のまほろば たたなづく青垣 
 山ごもれる やまとしうるわし


日本は自然に恵まれた美しい国ですが、自然がもたらす試練を乗り越えてきた歴史を持つ国でもあります。

この国の風土が人々を育み、天地自然に対する人々の「畏敬の念」「感謝の気持ち」が、自然と共に生きる「和の心」を生みだし、「まほろばの国づくり」の基となりました。「和の心」は長い歴史の中で育まれ、磨かれ、「おもてなしの心」を生活の中にも表現してきました。日本人が作りだした様々な文化は今や世界中の人を魅了しています。


(修学旅行生に気さくお声をかけられる村上管主)

ところが現在の日本社会において、人々は日本人の心を忘れているのではないか、と私は思います。ですから、日本人の「温かい心」「豊かな心」を取り戻し「心のまほろば」を復活させたいと考えています。

日本の国を「まほろば」と呼べる国にしたい。そんな思いを込めて、まほろば塾では日本人の心を取り戻す「心のまほろば運動」を進めています。「まほろばの心」を日本文化の象徴として全国に発信していきたいと思います。

藤原: 晴らしい活動をしていらっしゃいますね。「優れた」「美しい」と言うよりも「まほろば」という言葉は、日本人の心の中に自然に染みこんでいく気がいたします。

村上管主: 講師の方々も宗教の枠を超え、経済人や政治家、作家、書家など幅広いジャンルの方々に来て頂いています。十月にはウォーキングドクターの方に体の軸がぶれない姿勢の大事さと健康体操を指導して頂きました。このときは「心と身体の健康・笑いと日本人」をテーマにした鼎談も行いました。

藤原: 楽しそうですね。「健康な体に、健康な精神が宿る」と言われますように、やはり健康には、良い姿勢と笑いも欠かせないですね。健康で長生きという健康寿命がのびて欲しいものです。


(村上太胤先生の笑顔は、こちらも朗らかに)

みんなが幸せになる家族のあり方

藤原: 今の日本人が「心のまほろば」を復活させるために、家庭で出来る心育てや、目指すべき家族のあり方などについてお話を伺えますでしょうか。

村上管主: まずは家族が一緒に食事をする回数を増やすことですね。今は家族で一緒に食事をすることが少なくなっています。生活の中でバラバラに食事をしたり、好きなものを一人で食べたりの生活になっています。

皆で感謝して頂く機会を増やすことです。皆で食卓を囲む中で育まれるものが大きいのです。「食」は、「人を良くする」と書く、その通りなのです。生活がそのまま生き様になり、家庭でのどっしりとした教えになっていきます。

藤原: 同じ釜の飯を食べる」のは、それだけで繋がれる力があると言われますね。

村上管主: お正月には神様と一緒に食べるから、お正月に使う箸は両側が削られていて、両方から食べられるようになっているのです。

藤原: お正月のしきたりで、お箸を普段のものと変えるだけで、自然に神様と共に過ごせるのですね。

子供の頃、お正月用の箸袋に自分の名前が書いてあって、それを使うのが嬉しかったことをよく覚えています。ハレの日と普段の日の区別が今は少なくなっていますが、ハレの日は神様と共に過ごす、あるいは仏様と共に過ごす。そういう大切な時なのですね。

村上管主: 今は物は豊かな時代ですが、心がなかなか育っていかない。仏さんを見て手を合わせる子供が少ない。三世代で暮らしている家が少ないせいか、神棚もお仏壇が無い家が多いのです。それはとても悲しいことです。

たとえ小さなものでもお仏壇があれば、そこが祈りの場になります。神様、仏様、ご先祖様に見守られているという感覚は、存在を感じないと生まれてこないのです。戦後それは薄れてきています。しかし見えなくても、繋がっているのです。

宗教心を育てられる場が少なくなっている今、「祈る」ことを教えられるのは家庭しかありません。それは難しいことではなく、おじいさん、おばあさんが、神棚やお仏壇に手を合わせている姿を子や孫に見せればいいのです。おじいさん、おばあさんと同居していなければ、お父さんお母さんがその姿を見せればいいのです。

小さい頃から、祖父母や両親が祈る姿を見て育った子供は、自然にお仏壇に手を合わせられるようになります。そしておじいさんが亡くなれば、お仏壇がおじいさんそのものになるのです。そうすると、孫にとって今まで目に見えなかったご先祖様が、うんと身近に感じられるようになるわけです。

藤原: 今までおじいさんに話しかけてたように、おじいさんの入ったお仏壇に話しかけるようにする。お仏壇に「おはようございます」や「ありがとう」が言えると、とても良い家庭教育になりますね。


(当会書籍「心を添えてこそ美しい日本のしきたり」をご覧いただきました)

村上管主: 「ありがとう」という感謝の言葉はとても大切です。不思議なもので、普段から何かにつけて「ありがとう」を口にしていると、だんだんとそれが習慣になって、自然に感謝の言葉が言えるようになります。

毎日、お仏壇に「ありがとう」と言っている人は、お迎えがきたときも「ありがとう」と言えるような人生が送れるそうです。普段から不平不満ばかりで暮らしていると、いざというときに「残念」と思って死ななければならない。「残念」とは、死んだら念が残るということです。

たとえありがたいことはなくても、「ありがとうございます」と繰り返し言っているうちに、ありがたいと思える心が育ちます。

藤原: 神様の教えでも「感謝の心は、神の支えに乗れる」と言います。「ありがとう」は自分以外の人に言っているようで、実は自分が幸せになれる言葉なのだと思います。


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